障がい者らしさの獲得「元々性格が弱々しかった」のか?

過去と今、腕を組んで歩く。

人が精神疾患にかかった時、精神障害者になった時、当時者サポーター共ににこう考えがちです。
「元々メンタルが弱かったからだ」
「元々性格が弱々しかったからだ」
その証拠として、今の状態を挙げてはいまいか。

でも、人間は今にしか生きられません。
今しか見られない。
過去も未来も不確かです。

だから今の姿を見て、「元々こうだった」と錯覚してしまいます。
過去を、今から逆算して眺めているだけなのに。

僕が思うに、障害者らしさは病気によって後から獲得されたものです。
全くなかった特徴が新たに加わったのかもしれないし、
もともと燻っていた特徴が、病気をきっかけに大きく表に出てきたのかもしれない。

理由はどちらでもいい。
大事なのは、たとえ元々その特徴を持っていたとしても、
当時それは「障害者らしさ」と呼べるレベルではなかった、ということです。
もし強い特徴を持っていたとしても、
その時点で周囲はそれをただの個性として受け止め、障害者らしさとは見なかったはずです。

つまり僕たちは、障害者になってみて初めて、過去の自分にラベルを貼っているにすぎません。
発病した瞬間に「自分は障害者らしい」と思う人はいません。
すべては後付けです。

だからこそ、今を見て過去の自分を否定しなくていい。
自分本来の価値を否定してしまうのは、もったいないです。

確かに、発病前の状態にそのまま戻ることはなさそうです。
それでも、自分が思い描く「障害者らしい障害者」に、あえてなろうとしなくていい。

過去を否定しないということは、将来の自分の可能性も否定しないということです。
僕たちは障害者であってなお、なりたい自分になれるはずです。

そのために大切なのが、病気と自分をごちゃ混ぜにしないことです。
病気は自分の一部に影響を与えるかもしれないが、自分そのものではありません。
正しく自分を把握し、病気の影響を受けながらも、知性でもって軌道修正していく。

戦う相手は自分ではありません。
あくまで病気です。

自分を病気と同一視してしまえば、自分を傷つけてしまいます。
相手をきちんと病気だと認識できてこそ、初めて勝負になります。

元々弱かったわけじゃない。
ただ、今の姿から過去を逆算して見ているだけです。
それを思い出せたなら、僕たちは今日も、なりたい自分に向かって歩めます。