| 去年まで計5回某大学で統合失調症の当事者として講義をしてきました。 最初は当事者としての辛さを淡々とぶつけるような講義でしたが、徐々に客観的な視点や分析が入り、今では統合失調症の概要から発病体験、辛さやリカバリー論に至るまでのオールインワンの講義になりました。 それでもまだまだ改善点が見つかるばかりですが、大枠が完成したと思っています。 講義では最後に質問を募集しました。時間がなくすべて答えることができなかったため、こちらで回答していこうという試みになります。 ※質問は事前にこのような形で利用しますと許可を取っているものです。 |
vol.1「どんなことが一番の苦痛でしたか?」
僕がこの世から消えることを考えた時、それは相当の苦痛でしたが、案外苦痛に関して言えば大きく印象には残っていません。
それはたぶん、
①病気によって引き寄せられた思考だったから
②継続時間が短い
③乗り越えるためにかかった時間が短い
この3つが理由ではなかろうか。
では何が一番の苦痛だったか
僕の中で一番に浮かぶのは、
統合失調症を発病して「今まで」が終わったこと
統合失調症になり、
①今までのように学校に通えない
②今までのように自由に動けない
③今までのような夢や目標は諦めなければいけない
④今までのように頭が良くない
⑤今までと違ってどこに行っても悪口陰口
⑥今までと違ってどこに居ても見られている
などなど、挙げればきりがないですが、あらゆることが変りました。
「今まで」が過去になり、統合失調症である「今から」が存在していました。
これを受け入れること。
つまり受容が統合失調症にかかったときに一番大きな課題であり、
最大の苦痛です。
最近になってやっと、受容の過程がある程度終わったと思っています。
12年かかりました。
言い換えると12年間の苦痛の日々だったということです。
そうしてやっと、このように気持ちを整理して文章が書けています。
この苦痛をイメージしてもらうとしたら、
「今日までのあなたが終わり、明日からは不自由な体です」
「今日までの体に戻ることはできず、夢や目標もあきらめることになります。それでも生きていかなくてはなりません」
「あきらめてはいけません。どんなに苦しくても、もがき続け、あらたな希望を見いだしてください」
こんな感じでしょうか。
今想像したもの。それが徐々に改善はするもののずっと続くかもしれない。
非常に重たい言葉になりましたが、こういったことを当事者は乗り越えていかねばなりません。
非情です。
この苦痛は一時的ではなく、もはや感覚的には永遠と言えるものです。
あなたは、統合失調症になりたいですか?
質問へのあなたの回答が、当事者が日々向き合っている苦痛です。

